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「はり」と「おきゅう」の歴史について

 

 

意外なことが判明!

 

はり、きゅうの歴史と言えば中国を想像しますよネッ♪

 

でも実際はヨーロッパだったんです。

 

はり、とおきゅうで歴史の古いのは、おきゅうの方で、おきゅうが生まれる前、中国では漢方が盛んで、もっぱら食べて治すのが一般的だったようです。

 

 

それが食べ物の少ない中国北部地域では身体を温めて癒す概念が、ヨーロッパ北部からロシアを経て中国に伝わり、それがおきゅうの始まり。

 

ヨーロッパから伝わった頃はおきゅうでは無く、サウナだった様です。

 

ヨーロッパでは温泉が多く身体を温めて癒す事が古くから存在していて、その概念だけが温泉の少ない中国に伝わり当時の中国北部の人達が温めた石を身体に当て、(現代のゆたんぽ)癒していたのを見た中国南部の人達が、火を使ったおきゅうを生みだしたそうです。

 

当時の中国南部の人達は身体の、水、気、血の流れを食べて整える技術が一般的で、もっぱら身体の内部からを概念としていて身体外部からの刺激によって身体を治す技術は画期的だったようです。

 

その後身体のどの部分を温めると、水、気、血の流れが整うかが研究され、その流れが経絡(けいらく)になり、特定の部分を、経穴(けいけつ)ツボへと変貌して行ったのですねぇ。

 

その頃ヨーロッパでは、癩病(らいびょう)が流行していて、その治療法を模索していました。

 

その後、身体に 溜まった、膿(うみ)を出す方法として身体の一部を傷つけ、その部分に細長い棒を布で結び、滴り落ちる悪い血を細長い棒をつたって床に置いた桶に流す処置がヨーロッパのあちこちで盛んに行われ、癩病に対処していたそうです。

 

その処置と「癩病」がシルクロードを経て中国に伝わり…

 

瀉血(シャケツ)→(身体に針を刺す)→(ツボへ針を刺す)と生まれ変わって行ったのです。

 

これは余談ですが、当時のヨーロッパでは身体に傷つけた跡を他人に見られると、癩病ではないかと疑われるのが嫌でギズ跡に染料を塗り模様を書いたそうです。

 

それが、タトゥ(刺青)の始まりだそうです。

 

ということは、はりの歴史とタトゥの歴史は同じ。。。

 

追記

 

ヨーロッパの床屋さんのシンボルマークは、樫の木の棒に赤い旗が一般的で、それは癩病処置をしていたのが当時の床屋さんだったからだそうです。

 

日本でも床屋さんのマークといえば、赤・青・白のストライプですが、赤は、動脈、青は静脈、白は包帯を意味しています。

 

それは昔の床屋さんが現在の外科医と同じ処置をしていたからだそうですネッ♪

 


  

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